イギリス 繁栄のあとさき

イギリス 繁栄のあとさき (講談社学術文庫)

イギリス 繁栄のあとさき (講談社学術文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

今日、イギリスから学ぶべきは、勃興の理由ではなく、成熟期以後の経済のあり方と、衰退の中身である―。産業革命を支えたカリブ海の砂糖プランテーション。資本主義を狙ったジェントルマンの非合理性。英語、生活様式という文化遺産…。世界システム論を日本に紹介した碩学が、大英帝国の内側を解き、歴史における「衰退」を考えるエッセイ。

 歴史エッセイ集。イギリスを中心に、オランダ、アメリカとかつて世界のヘゲモニーを握った国々の例から、それらの国の緩やかな没落、衰退――といっても相対的なもので、覇権を握れなくなっていったというだけで絶対的には微成長していて、国民が貧しくなったということでもないのだが――を描くことで、将来(現在)の日本のとるべき姿を見る。
 20年近く前の著作ながら、日本の状況を『一国経済が長期的に衰えていく時のそれであるようにも見える』(P16)と予見しているのは感嘆に値する。
 「ジェントルマン資本主義」英国経済は工業を最大のよりどころとしたことは一度もなく、伝統的な大地主であるジェントルマン階級とその価値観を受け継いだ官僚や軍人などの専門職の人々が工業化の時代といわれる時代でも社会の中核だった。実際、工業化の世紀である19世紀以降において新たに生まれた英国の富裕層や貴族の多くは、工業によって財を成した者ではなく、ロンドンシティの証人・金融資本家とプロフェッション(官僚や軍人などの専門職)の人々だった。
 近代においてヘゲモニー国家といえるのは、17世紀中頃のオランダ、19世紀中期のイギリス、第二次大戦後2、30年のアメリカだけ。
 ヘゲモニーには農業・鉱工業の生産、商業、金融の3つの次元に区別でき、それぞれの優位はこの順に成立し、そしてこの順に崩れていく。例えば生産や商業ではイギリス・フランスに抜かれたオランダの金融的優位はその後も長い間残り、アメリカも衰えたりと言えども、未だにドルは基軸通貨である。また、その3つの区分の上に文化があり、それの影響は非常に長期間残り、英語が世界の共通語としてヘゲモニーを握っているのもそうした文化的なヘゲモニーの一つの形。
 イギリスは産業革命に成功したから帝国になることができ成功した、というのは正しくなく、正確には帝国になったからこそ成功したというのが本当のところ。
 「近代世界システム」論によると、「世界システム」の内部には中核をなす地域と、その中核に従属する周辺地域(その中間の半従属的地域もあるとする論者もいる)という構造を持っており、周辺は中核のための食料・原材料・エネルギー源などを提供している。そして両地域間の交換は「不等価交換」になっていることが多く、労働の成果が中核に集中する仕組みとなっている。16世紀以降に成立した「近代世界システム」のなかで「中核」は西ヨーロッパで、周辺は東ヨーロッパ・カリブ海ラテンアメリカであった。その頃の周縁部、従属地域では東欧は農奴制の形態をとる農業経営が増えて、カリブ海ラテンアメリカでは奴隷制などの強制労働がおこなわれて、それらの生産物を西欧に輸出していた。西ヨーロッパでは「自由な賃金労働」が広まりつつあったときに、周辺地域で奴隷制農奴制などの非自由労働が幅を利かせるようになったのは、それらの地域の後進性というよりも、その2つの現象は「近代世界システム」の表裏となる現象で、不可分なものであった。
 現在の低開発だといわれている地域は、かつてそこに中核地帯の資本が大量に注ぎ込まれて「従属型」の投資、言い換えると「低開発化」が推進されたことの結果というのは目からうろこ。そして後に中核地域となる地域は、ニューイングランドのように緯度的に本国と同じような作物しか取れないため南部のように低開発化がされなかったり、あるいは鎖国日本のように中核の資本が大量投入されて「低開発化」がなされなかった(独自の自立的発展の可能性があった)地域であることが多い。
 この「近代世界システム」論においては世界全体が先進国になることはありえず、アジアの勃興はアメリカのヘゲモニーが揺らいだ結果(あるいは人類の発展)によって、中核に相当する地域が広がったため起こったもの。そして「近代世界システム」論では、基本的に中核地域と従属地域を組み合わせない限り世界は回っていかないというのが基本的立場。
 ヨーロッパの人々に投資と見えた事実が、従属地帯には搾取や低開発化としか見えなかった(し、現実の結果を見てもそうだった)。
 ニューイングランドなどアメリカ北部は本国と同じ作物しか作れなかったという「幸運」のため低開発化を免れたが、アメリカ南部では多くの英資本が投入されてタバコのモノカルチュアと導入された非自由労働という低開発化の条件がそろった。
 砂糖、タバコという世界商品を生産できたことでアメリカ南部とカリブ海は低生産化された。そしてカリブ海では英国人プランターの不在化により徹底した低開発化の道を歩んだ。
 英国社会のリーダーシップを取ったジェントルマンが経済合理主義でなかったからこそ、イギリスは成功しえた。例えばジェントルマンたちは社会的維新のため、公共的な河川を改修したり道路を整備したので、自由放任を旨とする小さな政府であっても社会的資本を整備することができた。ジェントルマンの価値観を継いだものたちが社会のリーダーシップを取って、都市的なものと農村的な価値観が絶妙なバランスをとっていた。
 衰退の家庭は百年とか、そうとうなロングスパンでのことで、17世紀半ばにヘゲモニーを握ったオランダが今でも低開発状態になったわけでないことがわかるように、急激に低開発に移行することはない。経済学者、歴史家、政治家がイギリスの衰退について警鐘を鳴らし始めたのは19世紀末で、2世紀以上衰退論があるのに、現在も一線級な地位・経済力をもつにあるその粘り越しこそ今日本が見習うべきものだ、英国の発展の過程ではなくというのはそうした話を読むと納得するし、そうしたほうがいいと素直に思える。
 「イギリス化」を共通のシンボルにすることでアイデンティティを確立したアメリカ植民地人は、それをボイコットすることでアメリカ人としてのアイデンティティを確立しなおした。
 『世界経済のヘゲモニーを握った国は、ほぼ例外なく自由貿易を唱える。圧倒的な生産効率を誇るヘゲモニー国家は、自由競争さえ保障されれば、あらゆる側面で比較優位をかくほできることは明白だからである。「自由貿易とは、最先進国の重商主義」そのものなのである。したがって一七世紀のオランダのみならず、後のイギリスも、アメリカも、全く同じように自由貿易を、その経済政策を基本とした。』(P148)なんとなく感じていたことを、こうやってはっきり言葉にされたものを見るとすっきりする。
 歴史ものでなく、時代劇が明確にあるのは日本以外にアメリカ(西部劇)くらいで、両者とも自国民の歴史に強烈な断絶を意識しており、イギリスのように連続している意識を持って断絶という意識がない国には特定の時代(江戸時代・西部開拓時代)に密着したジャンルはない。
 社会主義国家があったころは、それを意識して社会政策を展開せざるを得なかったが、それらの崩壊、批判勢力の喪失という意味で、世界経済に深刻な打撃となるだろうという話はそうだね。