ドリアン・グレイの肖像

ドリアン・グレイの肖像 (光文社古典新訳文庫)

ドリアン・グレイの肖像 (光文社古典新訳文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

美貌の青年ドリアンと彼に魅了される画家バジル。そしてドリアンを自分の色に染めようとする快楽主義者のヘンリー卿。卿に感化され、快楽に耽り堕落していくドリアンは、その肖像画だけが醜く変貌し、本人は美貌と若さを失うことはなかったが…。

 kindleで読了。ネタバレあり。有名な小説だけど、この本が作者唯一の長編小説なのね。まあ、他にも「サロメ」とか「幸福な王子」みたいな有名な作品があるけど。
 ヘンリー卿のセリフの中には多くの警句があるので、印象に残るセリフが多いな。
 画家のバジルは、友人である穢れ無き美しい少年ドリアン・グレイをモデルに絵画を描く。彼らは穏やかな蜜月の日々を送っていた。しかしバジルの友人であるヘンリー卿が、彼を訪れた時にドリアン・グレイの存在を知る。バジルは不道徳的な冷笑家であるハリー(ヘンリー卿)の悪影響がドリアンに及ぶことを恐れて、懇願して彼をその毒牙にかけないでくれと懇願する。しかしドリアンとハリーは邂逅すると互いに興味をひかれあってしまう。
 そしてバジルが恐れていた通り、ドリアンはハリーの薫陶(悪影響)を受けて、清らかさを失い堕落し、不道徳になっていってしまう。バジルは清らかで美しいドリアン、崇拝すらしていた偶像的人物をなくすことなる。そしてドリアンは親密な付き合いをしていたバジルと距離を置き、ハリーとの親交を深めていく。
 2章までのハリーがバジルを訪ねて、バジルはハリーを彼が崇拝するドリアンと不承不承ではあるが引き合わせる。そしてハリーとドリアンが急接近して、二人はバジルの家から去る。そんな中でバジルはドリアンがハリーの悪影響を受けていくだろうこと、そして自分のもとから彼が去って行くことを感じる。劇的な展開だな、戯曲とかも書いた作家だと知っているからかもしれないが、一つの舞台、時間的に一続きのシーンでこうして大きく話が動かされるとなんとなく戯曲的だと思ってしまう。
 ハリーとドリアンが初めて邂逅した時にバジルの描いていたドリアン・グレイの肖像画は、モデルのドリアン自身にプレゼントされる。そしてその肖像画は、その絵を見たドリアンが発した『いつまでも若さを失わないのが僕のほうで、この絵が老いていけばいいのに!』という願いの言葉の通りに自身は老いず、絵が老いていくことになる。そして肖像は普通の人のようにその行いが心のうちが外見に反映されていたら、どうなっているかを示していて、グロテスクなまでに自ら積み重ねてきた行いを審判する鏡となった。そして絵が変化を気づいたドリアンは、物置のようになっている子供時代に使っていた部屋にその絵を押しこみ、隠す。
 一人の清らかな美少年が、道徳ではなく快楽を最も高い位置に置くヘンリー卿からの誘いや感化もあって、精神的に堕ちていくさまを描く。ヘンリー卿には美しいあり方をする人物をそうして悪の道へと誘うという行動はなんてことをするのだと思ってしまうが、それでも彼が繰り出す数多の警句は興味を引いたり、面白い表現や考えがいっぱいあるし、本人も軽妙洒脱な人物だからそんなに悪印象を持たないな。
 ハリーと付き合いだしたドリアンが変化していることを感じて、打ちのめされ、悲しむバジル。彼は理想を人に投影しすぎなのかもしれないが、それでも憧憬の目で見ていた存在が友人の手で意図的に崩されていくというのは哀れだ。それに彼は最後までドリアンのために尽くそうとしていたしね。
 ドリアンと舞台女優シビルとの婚約。彼女への愛で、ヘンリーの影響下を一旦抜けだした。
 しかし彼女の素晴らしく見事な演技のために彼女を愛したドリアンは、愛によって舞台で演技ができなくなったシビルにその演技の落差のショックもあってだとは思うが、手酷い言葉を浴びせる。そしてその言葉が原因でシビルはその日のうちに命を断つ。非現実(舞台の物語)を現実に見せた彼女の演技にドリアンは惹かれ彼女を愛したが、シビルはその愛の幸せによって非現実を現実のように演じることができなくなってしまい、彼が惹かれていた根本の演技を失って、二人の関係は終わりを告げる。
 そしてこの彼女を自殺に追い込んでしまったことと、ヘンリーの嫌疑をかけられないように死んだ彼女のもとに行くなという勧めもあって、再び彼はヘンリーの影響を強く受けるようになった。そしてこの出来事が、彼がその後も堕落し続ける、そしてヘンリーのように彼が他の若人を堕落させていくきっかけになった。
 悪いうわさが立ってもその美貌と若さと優美さで、こんな立派で清らかな外見の人物がそんな噂になっているようなひどいことをする人物ではないかと思われた。そしてその美しさが誘蛾灯のように機能して、若者を彼のフォロワーにして、堕落させていく。
 そんな彼を心配して忠告に来た、あるいは彼の口からそれは嘘だと聞きたいと思ってきたバジル。そんなことを述べ立てるドリアンは、バジルにすっかり変わってしまった彼の肖像を見せた。一時の感情の高ぶりでそんな行動をとったが、絵の外貌に恐れ慄き、一緒に改悛の祈りをしようといってきたバジルに憎しみの感情が湧いてきて、友人だった彼を衝動的に殺してしまう。
 しかしその後彼はかつてに犯した罪と直近に犯してしまった罪によって、緊張と不安に苛まれ、恐ろしさを味わうことになる。そして安堵すると、久しぶりに(?)改心しようと思い、いくばくかの実践をする。そして自分の美が、ここまで自分を堕落させてしまったことを感じる。そして絵がマシになっているだろうとその絵を見たが、絵の醜さは変わらなかった。彼の良心を表す肖像を自身で壊してしまい、それで彼も壊れてしまった。そして肖像の姿と現実の姿はあるべき姿に戻った。その絵画という特殊な道具立てがでてきて、こうしたオチとなるのはちょっと寓話的だ。